収蔵品紹介

花杏葉紋刺繍切平緒・石帯・笏

はなぎょうようもんししゅうきりひらお・せきたい・しゃく

箱書きなどにより初代鍋島勝茂の嫡子忠直(興国院/1613-35)が着用したものとわかる。いずれも束帯を着用する際の付属品。平緒は儀仗の太刀を佩く帯のこと。組紐でつくり刺繍するもので、唐草文に桐紋と鍋島家の家紋である花杏葉紋があらわされる。石帯は袍の腰を束ねる革帯で、黒漆革に玉で飾っており、紙縒には「興国院様」と記されている。笏は右手に持ち威儀を整えた板片。
忠直は疱瘡にかかり23歳の若さで没したため、長男光茂が2代藩主を継ぐこととなった。「葉隠」によれば、貞享元年(1684)忠直50回忌の折に光茂は、「父肥前守死去の時分、某は四歳に罷り成り、何の孝行も仕らず。当年五十年忌法事に、なにとぞ追善仕りたく候」と、幕府に忠直の侍従贈官を願い出ている。このとき光茂は「京都へ御装束の儀、仰せ遣わされ、中五郎右衛門持ち下り、高傳寺へ差上げ申し候」として、束帯装束を高傳寺に納めたという。高傳寺から鍋島家に返納された現存の本資料もこの時のものに相当する可能性がある。

江戸時代

鍋島忠直  伝来


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