13代鍋島直泰夫人 紀久子所用

紀久子所用 雛人形・雛道具

朝香宮鳩彦王の第一王女。明治44年(1911)9月12日生。昭和6年5月12日に13代鍋島直泰に降嫁。平成元年2月12日卒(79歳)。

明治45年(1912)の初節句の折に新調された京都大木平蔵作の人形一揃の他、縁戚関係にある宮家や侯爵家からの初節句祝いの人形など、いずれも宮家にふさわしい品格を備えている。紀久子の雛道具は黒漆地に唐草と朝香宮家の家紋を丸く意匠化した蒔絵が施され、造りは大型で、極めて状態がよい。貝桶には小さな合貝が 50組入り、桶や御輿の内部には草花図が描かれ、裁縫箱には糸巻きや箆が付属するなど、外から見えない部分まで意を尽くし、美しく仕上げられている。

  13代鍋島直大夫人 紀久子

 

有職雛(ゆうそくびな)

有職雛

時代 明治時代末~大正時代初頭
法量 男雛 高 41.5cm
作者 大木平蔵

紀久子の初節句(明治45年)の折にあつらえられたものか。丸平大木人形店は安永年間(1772~81)創業。有職故実における時代考証を重視した気品ある作風を特徴とする。明治23年(1890)第三回内国勧業博覧会に出品受賞したのを始め、各国の博覧会などに出品し、パリ万国博覧会では金賞を受賞している。

次郎左右衛門雛

次郎左右衛門雛

時代 女雛:江戸時代  男雛:明治時代
法量 男雛 高30.5cm

背面の紙縒より、男雛は紀久子(花印)、女雛は紀久子の父朝香宮鳩彦王(鶴印)所用のため、現在は一対として伝わるが、男雛の方が製作年代は下る。次郎左衛門雛は丸顔に引目鈎鼻の面相を特徴とし、江戸時代18世紀の後半に流行した。雛人形の本流として公家や大名家で重んじられたという。

琴弾き人形

琴弾き人形

時代 明治時代末~大正時代初頭
法量 高18.5cm
作者 大木平蔵

京都大木平蔵作の人形一揃のうちの琴弾き人形。

 

山姥

時代 明治25年(1892)
法量 高 40.5cm

明治天皇の第八皇女である富美宮(朝香宮允子妃=徳印)が明治25年初御誕辰の節に昭憲皇太后より拝領したものを、のち娘の紀久子(花印)に伝えたもの。熊の親子と戯れる坂田金時(金太郎)とその母親(山姥)をあらわした御台人形。縮緬地に鶴に菊を刺繍。菊や葉は伝統的な薄絹を用いる。

鶴亀松竹菊庭雛鶏遊御人形

時代 明治44年(1911)10月30日
法量 高 58.2cm

明治44年10月30日、紀久子が初参内の折に明治天皇より拝領した御台人形。主題は吉祥づくし、といったところか。縮緬地に、鶴に亀甲文を刺繍。色とりどりの菊・葉には紙を用いる。なお、昭和6年の婚礼調度を書き上げた「紀久子女王殿下御慶事書類附録」から、初参内の折に昭憲皇太后より「鯉乗人形」を拝領していることが分かる。

花車引人形

時代 明治45年(1912)3月3日
法量 高45cm

明治45年3月3日、紀久子の初節句の折に明治天皇・皇后両陛下より拝領した御台人形。縮緬地に、笹に亀を刺繍した衣裳をまとった男の子が、枝垂桜と柳が盛られた花車を引く。松には鶴が遊び、車には菊を蒔絵する。なお、昭和6年の婚礼調度を書き上げた「紀久子女王殿下御慶事書類附録」から、同じ初節句の折に東宮・同妃両殿下からも「御花車引人形」を頂いていることが分かる。

鯛曳き御台人形

時代 明治45年3月3日
法量 高20cm
作者 近江屋 中西喜助

明治45年3月3日、紀久子の初節句の折に毛利安子(旧周防山口藩主・公爵毛利元徳夫人)より献上された大小1組の御台人形のうちのひとつ。人形の箱書には「漆器道具/小間物類/諸品調達/近江屋 中西喜助」とある。

貝桶

貝桶

時代 明治時代末期~大正時代初頭
法量 高12.3cm

貝桶の中に貝がそれぞれ24組、25組入っている。桶内部の八面にそれぞれ花図が描かれ外から見えない部分まで意を尽くし、美しく仕上げられている。貝合わせの図柄は源氏香。

 

化粧道具

化粧道具

時代 明治時代末~大正時代初頭
法量 衣桁 高30.8cm

 嗽椀・嗽椀台、櫛台、手拭掛、盥、衣桁、鏡台、耳盥・輪台、鏡・鏡建・鏡台。刷毛や櫛が付属する。

 

三棚

三棚

時代 明治時代末~大正時代初頭
法量 高 26cm

 

箪笥類

箪笥類

時代 明治時代末~大正時代初頭
法量 長持 高 13.2cm

長持1対、挟箱1対、小袖箪笥1棹、箪笥1棹。これらは「御五荷揃」という箱に入っていた。

 

鍋島家での雛飾り風景

鍋島家での雛飾り風景

時代 昭和7年

紀久子所用の雛人形を中心とした9段の雛飾り。渋谷、神山の屋敷での撮影か。人形、道具とも比較的現在に遺っているが、今はなき様々な御所人形からは当時の華やかな雛祭りの様子が偲ばれる。